藤野大作の現在(画像)ボクシング戦績ブログ→接骨院など(ファイトクラブ)

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藤野大作のファイトクラブ、現在 ガチンコファイトクラブ

ガチンコファイトクラブの藤野大作の現在は、衝撃的な事実が判明した。

藤野大作のボクシングの戦績やブログやヤラセ話も画像も含めて紹介していく。

ガチンコファイトクラブ2期生時代の藤野大作を振り返る(ふじのだいさく)

藤野大作の現在

ガチンコファイトクラブ2期生の中心的人物。当時の藤野大作は、ボクシング未経験者で、2期生は藤野大作を中心にして話が進んでいく。

2期生では、最初のスパーリングで網野泰寛をいきなりフルボッコにした箕浦康仁がいたので、彼が中心になると思われた中、藤野大作の訛ったしゃべりや強気なキャラクターで中心となった。元チャンピオンの畑山に挑みかかり、ボッコボッコにされたことが中心となる切っ掛けだった。

1回目のプロテストでは、病気のため受けることが出来ず悔しい思いをした。他のメンバーの合格発表にも出向くことはせず、ジムで一人練習に励んでいた藤野大作である。

2回目のプロテストでは、実力が足りず、不合格に。藤野大作は、当時誰よりも練習に励んでいたことが知られており、やはりボクシング未経験者だったことで時間が足りなかったと言える。

3期から入ってきたイケメン竹中哲太をボッコボッコにして、世の竹中きゅん大好き女を怒らせて、美味しい思いをする

最後には、「次会う時は世界チャンピオンやけんね」と名言を残し、ガチンコファイトクラブを去った。この言葉を笑う者も多かったが、誰よりも練習していた事もあって、大言壮語を堂々と言える姿に、応援するものは多かった。

藤野大作のプロテスト合格【ボクシング戦績】

藤野大作はその後、プロテストに合格、2002年から2004年8月まで計6回試合をした。

時系列順に、引き分け、3ラウンドKO勝ち、3ラウンドTKO勝ち、判定勝ち、判定負け、1ラウンドKO負け。藤野大作の戦績は、6戦3勝2敗1分

藤野大作は、プロボクシングをやめるつもりはなかった。2年半以上続けていてこれからもボクサーとしてやっていこうと思っていた。しかし、最後の負けの試合で、藤野大作に悲劇が襲う。

藤野大作、全身麻痺に

藤野大作は、1ラウンド目のダウンで顔に強烈なストレートをくらい、そのときに首を痛めた結果、全身麻痺になってしまう。


(C)TBS

藤野大作は、寝たきりで、一人では何も出来ないほど全く動けなくなった。そしてプロボクシングの世界から引退することになった。

藤野大作は、そこから必至にリハビリに励んだ。絶対にもう一度ここから這い上がってやろうと思った。自分は0からプロテストにだって合格した。心が折れそうな事もあったが、竹原慎二らも何度も病室に来て励ましてくれた。

藤野大作は、「あのときのほうが辛かった」そう自分に言い聞かせて、辛いリハビリを続けた。結果、なんと半年で全身を動かせる様になり、奇跡の復帰を果たした。

藤野大作、整体師を目指す

藤野大作のリハビリ中、つきっきりで協力してくれた整体師がいた。

藤野大作は、整体師へ日々感謝しながらも、整体師への憧れを持つようになった。自分はもうプロボクシングをやらない。ならば、次に何をやるか。

藤野大作は、リハビリをしながら、整体師になることを決意する。

勉強をして、28歳で接骨医療専門学校に入り、その後、接骨院に入って修業の日々を過ごす

藤野大作の現在:独立して接骨院を経営、結婚【安寿接骨院】新宮町

2011年、藤野大作は勤め先から独立して、接骨院の経営を始めた。

奥さん付きである。

藤野大作の現在 藤野大作の現在の嫁と接骨院
(C)TBS

藤野大作は現在も、10歳上の年上美人むつみさんと結婚して、一緒に接骨院を切り盛りしている。ネットでは、奥さん48歳とかまじかよ見えねえ!すげえ美人と評判である。

安寿整骨院(〒811-0101 福岡県糟屋郡新宮町原上1812−1)

ファイトクラブを見ていたファンも多いらしく、繁盛しているようだ。

藤野大作の現在

プロテスト試験に落ちても最終的には自分の力で合格し、全身麻痺になっても諦めず復活した男、藤野大作。よかったな。自然と頬がゆるむ

藤野大作のブログについて

藤野大作の現在
(https://blogs.yahoo.co.jp/daichinja/folder/369681.html?m=lc&p=4)

藤野大作のブログは、2014年で投稿が泊まっている。一通り見てみたが、特にガチンコファイトクラブの暴露話をしていることもなく、わざわざ見る必要はないように思う。が、竹原慎二と仲良さそうに写真を撮っているものがあった。未だに親交があるようだ

ガチンコファイトクラブ
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Aの現在【今】