板橋秀樹の現在【ボクシング戦績】ガチンコ1真面目だった男

ガチンコファイトクラブ5期生の中で、もっともまともな男は誰だと言われたら、板橋秀樹だろう。

板橋秀樹のボクシングでの戦績や、ボクサー後の現在について触れていく。

まずは、板橋秀樹のガチンコ時代を軽く振り返ってみる

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板橋秀樹(いたばしひでき):ガチンコファイトクラブ5期生のとき

◯板橋秀樹、ガチンコ最強の一角
ガチンコファイトクラブ生の歴代最強は誰だろうか。竹中?いやいや箕浦康仁うーん、板橋秀樹でしょ、そんな意見も少なくない。東北学院大学出身で、東北学生チャンピオンという経歴があったのだ

◯真面目ボーイ板橋秀樹
しょっぱなのガチンコファイトクラブ5期生はひどかった。「練習なんてしねえぜ」「プロテストなんてどうでもいい」「まともなプログラムを提示しろ、じゃなきゃ練習しない」「喧嘩は負けねえけどな」とモチベーションがめちゃくそに低かった。

そんな中、乱闘にも一切参加せず、真面目にボクシングを習いに来た男、板橋秀樹である。「こんな奴らほっといて、俺にボクシングを教えてくださいよ、竹原さん。俺、竹原さんにボクシング習いに来たんすよ」正論しか言わない男である。

◯ツヨツヨボクシング役、板橋秀樹
初回放送では、田中潤が調子に乗りながら梅宮成哲にボッコにされた。そのあと、板橋秀樹もスパーリングをした。
「俺にもやらせてくださいよ、竹原さん」こいつも調子に乗っとるなと視聴者は思った。リチャードとのスパーリング、結果は一方的だった。1ラウンド目の板橋秀樹は、パンチをほとんど打たず防御に徹して、2ラウンド目は一方的な攻撃を仕掛けた。完全に試合をコントロール。準備運動のようだった。そらだって東北学生チャンピオンだもん。板橋秀樹、ツヨツヨボクシングである。

◯終始真面目な板橋秀樹
ガチンコファイトクラブ放送中の板橋秀樹はとにかく真面目なボクシングボーイである。誰よりも練習して誰よりも強かった。

◯プロテストの板橋秀樹
3ヶ月後にプロテストを迎えた板橋秀樹、結果はもちろん余裕の合格。他の参加者との格の違いを見せつけた。

◯ガチンコファイトクラブの板橋秀樹を総括
ガチンコファイトクラブがヤラセをしなければ面白くないことを如実にしめした象徴的な人物。順風満帆で問題を起こすこともなく、ちゃんと真面目。箕浦康仁小松崎敏と同じだ。
しかし彼みたいな男ばっかりが参加者だと、視聴者はきっと全く興味をしめさないんだろうな。2期生の箕浦康仁も、網野泰寛をスパーリングで瞬殺したが、藤野大作が主役だった

ちなみに、ガチンコファイトクラブ5期生の人気ランキングは1位が権代裕典、2位が板橋秀樹である。やらせ最高!!

つづいて、板橋秀樹のボクシング戦績らに続く

板橋秀樹のボクシング戦績は?【成績】ガチンコ

板橋秀樹

◯板橋秀樹の試合回数
板橋秀樹はプロになって、試合をしたのはわずか1回だ。つまりプロデビュー戦のみである。理由は後述する

◯板橋秀樹のボクシング戦績
たった1回の試合しかしていない板橋は、やはり学生チャンピオン。試合は一方的だった。なんと1ラウンドKO勝ちである。

◯板橋秀樹がすぐにボクシングを引退した理由
理由は2つだ。ガチンコファイトクラブが終わってしまったこと。そして腰痛である。
ガチンコファイトクラブでの真面目な板橋秀樹は、ヤラセではなかった。番組と竹原慎二たちの指導が板橋秀樹にとって大きなモチベーションだったが、それが終わってしまったので大きく精神が削られた。同時に腰痛も気になり始めたので、プロボクシングをやめた。板橋秀樹は学生チャンピオンだけあって、プロボクシングを真面目に取り組んでいたからこそ、プロボクシングで一生食っていくのは無謀だとわかっていたのかもしれない。

板橋秀樹のその後、現在の職業は?

◯板橋秀樹は転職す
プロボクシングの世界から引退した板橋秀樹が入った世界は、葬祭業である。葬祭業とは、葬式を請け負ってくれる諸々の仕事の総称である。

◯葬祭業も
葬祭業にも資格があって、葬祭ディレクターの技能審査制度に基づいて、資格なし→2級相当→1級相当の3つ。板橋秀樹は、5年以上の実務経験があるだろうし、現在は葬祭ディレクター1級として仕事をしているようだ。

◯板橋秀樹、その後の情報はなし
葬祭業に転職したという話以降、板橋秀樹の情報はない。しかしながら、悪い周りに流されず硬派を貫いていた真面目な板橋秀樹なので、現在もうまくやっているだろう。

おわり

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