【芸人】寛平の現在が聖人過ぎる件【借金地獄話がメシマズすぎる】

寛平は聖人過ぎて、借金地獄に落ちた芸人として知られている

寛平は初代24時間マラソンランナーであり、現在は最も愛されたランナーとなっている。

寛平は、現在吉本新喜劇GMとなり、吉本新喜劇も新しく進化している。

スポンサーリンク

寛平はこんな芸人:聖人過ぎて、借金地獄へ

○寛平、24歳で、吉本新喜劇のスターになった才人
寛平は吉本新喜劇出身だ。入院中ラジオに出演していた吉本芸人の話を聞いていて一念発起して芸人を志した。
最初は付き人として失敗を繰り返してよく怒られていたことで舞台を降ろされていたため自信を失っていたが、盟友の木村進が寛平を自分の相手役に推薦したことから舞台に復帰、以降2人はエース級の人気を得ることになる。それが24歳で、2人の圧倒的な人気にうまく利用しようとした吉本新喜劇は、それぞれ別の班の座長に昇格させた。若干25歳にして、寛平になった若手の星になっていた

○寛平、聖人過ぎて借金地獄
寛平はとにかく謙虚で、裏方では寛平を嫌う人がいないほどに人柄も優れていた。しかし、それを都合よく利用とするものも多く、寛平はいろんな頼まれごとをするようになっていた。1番多かったのが、借金の連帯保証人になってくれだった。そのほとんどすべてを承諾して、いろんな人間の連帯保証人になった。もちろん借りた本人は逃げた。胸糞悪いのはその多くが先輩芸人だった。特に断れない寛平を狙って頼み込んでいたのだ。

○寛平を襲う取り立て地獄
膨れ上がった借金は5000万円にまで到達した。
毎日借金取りが、寛平の元を訪れた。家だけでなく、楽屋にまで押しかけてきた。歌手デビューして100万枚のセールスを記録したこともあるがそれでも返しきれず、返済額よりも利息の方が多くなっていった。そんな借金取りに追われる生活が13年間も続いた。そして、寛平は一発逆転を狙ってある商売を実行する

○寛平、アメマバッジ10万個
寛平は当時、自分の番組で人気が出たアメママンのキャラバッジを売ることを思いつく。原価634円のバッジを1500円で売って完売すれば1億5000万円の利益になる算段だった。バッジを制作していよいよ売ろうと言う時に冷静になり、この計画はめちゃくちゃだと気づく。そもそも1500円でバッジが売れるわけがないし、原価も高すぎる。バッジを作った業者に原価がおかしいと抗議をすると、ICチップが入っているからと言われた。しかしそんなものは入っておらず詐欺に引っかかったことに気づく。
当然バッジは売れ残った。借金は1億ほどにまでなった。吉本からも金を借りていたことからついに事務所からも愛想を尽くされて、人気芸人だったにもかかわらず自分で地方営業をしなければならない状況にまでなったという。

○寛平、初代【24時間テレビ】マラソンがガチすぎる
現在、なにかと議論の的になる「24時間テレビのマラソン」。この企画に最初に走ったのは、実は寛平だ。寛平は実は鉄人と言えるほど泰直があり、30キロマラソン2時間26分を走り切り、フルマラソンを3時間8分、246キロの鉄人レース「スパルタスロン」も35時間4秒で完走している。

現在の24時間テレビの企画は100kmだが、寛平はなんと200kmだった。しかし最終的には153kmで断念している。断念した理由は、人が殺到しすぎてパニック状態になって中止せざるを得なかったから。自身の肉体の問題じゃないところが、さすが寛平である。さらに翌年の24時間テレビでは200kmに再挑戦して、見事走り切っている。さらに加えて、翌々年には、7日間で神戸から東京までの600キロに挑戦して達成している。化物だ

寛平が現在鉄人になった理由

寛平は現在、芸能人屈指のマラソンランナーとして知られている。

そのルーツは、借金だったとか。どうしても金が必要な寛平は、マラソンのタイムでギャラ交渉をしていた。

発端は、青梅マラソン(30キロ)で3時間を切ったらギャラを倍にすると言われて、必死になって特訓して、2時間26秒を記録。しかし、ギャラはまだまだ低かった。
すでにかなり走れるようになった寛平のもとに来た仕事がホノルルマラソンだ。都合よく、郷ひろみが3時間38秒という記録を持っていたので、話題性のためにもこの記録を目標にするのはちょうどよく、「抜けたらギャラは倍」となった。ここでも必死に特訓を積んだ寛平は3時間13分57秒で記録を更新している。

そう言う経緯から、マラソンのタイムでギャラ交渉をしやすくなってそれを繰り返すことで、どんどん走れるようになっていき、現在の鉄人になった寛平がいるらしい。

寛平の現在:現在もなお聖人っぷりが続いている

○寛平、24時間テレビマラソン感動ランキング1位
もやもやすると言われてしまいがちな24時間テレビだが、実際に感動させることができている人もいる。寛平はその最たる人物であり、2022年のアンケートでは、「24時間テレビで1番感動したチャリティランナー」ランキングで、圧倒的な1位を獲得している。寛平が最後に走ったのは1995年にも関わらず、27年越しのアンケートで1位になってしまうのは、好感度の高さが見て取れる。

○寛平、現在は借金返済完了
寛平は、初めて借金してから21年後の1997年に、借金の完済している。
借金返済には、奥さんと明石家さんまの助けがあったとか。奥さんは借金会社の前で娘をつねって泣かせて同情を買って利子を撒けてもらうなどの知恵を借りて助けてくれた。明石家さんまは先輩の寛平を心配してレギュラーに入れてくれた。さらに明石家さんまは、寛平のマラソン企画に自らついていくことで「寛平が走れる」ことをお茶の間に周知させて、その結果に24時間マラソンの企画が回ってきたという。

○寛平、GM就任
寛平は、現在、吉本新喜劇史上初のGM(ゼネラルマネージャー)に就任している。
寛平はGMとして様々な取り組みを行っており、2022年6月には吉本新喜劇史上初の総選挙をおこなって、その新鮮さから投票数77万と大いに盛り上がった。さらに、あまりテレビに出演していないメンバーが上位に挙がったことで注目を浴びて、上位メンバーの営業は1000人以上入る会場をいきなり満席にするほどの効果があった。

○寛平、坂田師匠の元へたびたび見舞いに行って報告
「アホの坂田」でしられる坂田師匠は、2020年頃から高齢者施設に入っていることで知られている。入所理由は明らかになっていないが、現在の年齢は82歳(1941/10/7)であることから、1人での生活が困難なのではないかと言われている。
そんな坂田師匠の下へ、たびたび見舞いに行っているのが寛平だ。現在の吉本新喜劇GMとして、そしてお世話になった先輩との絆が垣間見える現在となっている

○寛平の現在も鉄人すぎる
寛平は、2017年には木登り企画で、気から落下している。当時の年齢は67歳だ。現在も元気なので特に何もなかったのかと思いきや、肋骨を9本に、左鎖骨を骨折する合計10か所もの骨折の大けがに見舞われた。ちなみに、寛平は25日後の番組で復帰しており、回復力でも鉄人たるゆえんを見せつけている。

寛平の現在:癌も克服している【病気】

○寛平、癌も克服している
2010年には、地球を1周するアースマラソンの企画中に癌が発覚した。しかもステージ4の前立腺がんだった。放射線治療後は、頻尿に苦しんだことを語っている。とにかく、水を少しでも連想したらトイレに行きたくなった。しかしそれも3年ほどで収まり、現在では癌を完全に克服している。もちろん再発の危険性もあるので、毎年検査を行っている。

 

お笑い芸人
スポンサーリンク
スポンサーリンク
Aの現在【今】