シャラポワの現在が華麗なる一族の旦那と結婚してヤバすぎ【どこにいる?自宅、人気理由と引退理由、子供、年収】

「女子テニス界1の美女」「女子テニス界1の騒音を出す」「女子テニス界1のスポンサー」と数多くの称号を持っていたシャラポワは現在、女子テニスを引退して、ガチ貴族と結婚して・・・

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シャラポワの昔と現在:若い頃も現在もかわいいマリアシャラポワ【美人モデル画像】デビュー当時も

シャラポワが昔、デビューしたのは14歳の時だ。
シャラポワはその美しさと才能から、デビュー当時すでに1億円を超えるスポンサー契約を持っていたため、メディアから注目を集めていた。だからこそ、2001年でもかなり高画質なシャラポワの動画が残っている。現在身長188cmのシャラポワは当時すでに180cmを超えて、モデルのように美しい容姿を誇っていた。

そしてシャラポワが世界的に有名になったのが、2004年のウィンブルドン優勝だ。
決勝の相手は、世界最強にして、女子テニス史上最高到達点と言われているセリーナウィリアムズ。
6-1、6-4のストレートで破り、17歳2か月と史上2番目の若さで優勝を果たした(1位は16歳9か月のマルチナヒンギス)

シャラポワは最終的に、史上10人目のグランドスラム達成、最高世界ランキング1位、4大大会シングルス優勝5回、準優勝5回と、女子テニス界でも有数のレジェンドとなった。

その傍ら、その類まれな容姿から、モデルとしても活躍。

その美人過ぎる容姿と、女子テニスプレイヤーとしての実力の相乗効果はすさまじく、2015年には、女子アスリート史上最高額となる年間スポンサー収入2970万ドルを達成している。

そんなシャラポワの現在の年齢は、37歳(1987/4/19)。

 

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シャラポワの声は、今改めて聞くと面白い

シャラポワは、女子テニス界でも有数のうなり声プレイヤーとしてたびたび注目を受けていた。

シャラポワの声が、わかりやすい動画もアップロードされている。奥にいるのがシャラポワだ。最初は手前の選手も大きな声を上げているが、どんどんシャラポワの声に圧倒されていくように見えるのが非常に面白い。

ちなみに、テニス界では、いまでに叫び声の是非についてたびたび議論になる。相手のプレイを妨害することになるという話だ。

しかし、声を出して打つのは、脱力して打球を打つための最適な手段だからだ。しかも、小さなテニス教室コーチから、名門クラブの名コーチまですべてのコーチが教える基本中の基本だ。だからこそ、声を出すのはなくならないようだ。

シャラポワの人気の理由【現役時代】なぜ日本で人気に?世界での人気は?

当時、日本ではテニス人気は非常に低かったが、シャラポワが日本で人気になったことで、女子テニス人気も高まっていた。

では、なぜ日本でシャラポワ人気が高まったのかというと、その理由は宮里藍の影響が大きい。

当時の日本では、宮里藍という女子ゴルフ界のニューヒロインの登場で、女子ゴルフの視聴率がこれまでにないほど上がっていた。宮里藍は史上最年少で、次々とツアー勝利を重ねていき、宮里藍関連のニュースは毎日のように取り沙汰された。

この成功によってメディアが「どうやら視聴者は、10代の女の子がスポーツの世界で駆け上がっていくのが好きらしい」と気づき、17歳でウィンブルドンを制覇したシャラポワが注目を集めた。メディアにとっては好都合なことに、シャラポワはモデルを兼任するほど容姿も良かった。美女は視聴率が取れるので、メディアは連日、女子プロテニスプレイヤーでありモデルのシャラポワを取り上げていった。これがシャラポワが日本で人気になった理由だ。

ちなみに、シャラポワは世界的にも人気があった。
スポンサー契約は、女子アスリート全体で史上最高額の2970万ドルに達していることからも世界での注目度もわかる。また、シャラポワは、「最も美しいセレブ50人」の中で、アスリートで唯一選ばれたことでも話題になるなど、そのモデルを兼任してしまう容姿も世界的に人気を集める理由になっていた。

では続いて、シャラポワは今何してるのか、今どこにいるのかを見ていく

シャラポワの現在:今何してる?まさかの会社経営に大成功

シャラポワは、2020年に引退して、現在は会社経営に成功している。

会社は2013年に立ち上げたキャンディメーカー「シュガポワ」。要するにお菓子メーカーである。

シャラポワは2013年に7000万円ほどの投資をおこなって、現在では毎年28億円を売り上げている。経済誌によれば、現在のシュガポワの企業価値は250億円以上にも達しているのだとか。

続いて、シャラポワは今どこにいるのか?その自宅を見ていく

シャラポワの現在:今どこにいるの?自宅は?【日本好き】

シャラポワは現在、カリフォルニアに住んでいる。

そして、シャラポワの自宅は、日本の文化を多く取り入れている事でも有名だ。

シャラポワいわく、
「ビーチのそばに、日本風の家を建てたかった」
「美しい中庭には、松の木が植えてある」
「机はもともと日本製のドアだったもの」

シャラポワの自宅動画の中でも1番衝撃的なのは、地下には、ボーリング場があるってことだ。

シャラポワの現在:なぜ引退?その理由から苦悩を感じる【強すぎるセリーナ】

シャラポワが引退を決意したのは、2019年の全米オープンだった。

セリーナウィリアムズに1-6、1-6の大敗。
この試合からシャラポワは引退を考えるようになった。

実は、シャラポワとセリーナウィリアムズの直接対決は、実に残酷な結果だ。シャラポワは、2004年のウィンブルドンの決勝で圧勝して、次の直接対決も勝利した。しかしそれ以降、すべての直接対決で負けて、なんと19連敗を喫している。しかしそれでも、何とか食らいついていたし、世界ランキングも年間最終29位まで上がっていた。

しかし2019年は年間通して肩の故障に苦しみ、当時38歳のセリーナウィリアムズに大敗。おそらく、当時32歳だったシャラポワは自分が衰えていくのを感じて、この先さらに成績を落としていくのを予見したのだと思われる。38歳でトップ10にいるセリーナウィリアムズがおかしいだけで、女子テニスの平均引退年齢は28歳ほどだ。シャラポワが遅すぎるわけじゃない。

シャラポワの現在:生涯収入【今の年収や資産】

シャラポワは、2001年からキャリアを始めて2020年までの19年間現役だった。

生涯獲得賞金は、約3870万ドル。

さらに、生涯収入に関しては、賞金よりも、スポンサー契約料、番組出演料らを合わせて計算すると、生涯獲得賞金の8倍以上、3億2500万ドルにも達している。

この金額は、セリーナウィリアムズの3億5000万ドル次ぐ2位の記録となっている。

シャラポワの現在の年収については、出演料やスポンサー契約料、経営する会社との収入を合わせて、200万ドル程度ではないかと言われている。ちなみに現役時代は年収1000万ドルとか2000万ドルの世界なので桁が違う。

シャラポワの現在:旦那の職業がヤバすぎるwww大富豪の向こう側へ【結婚】身長問題

2020年12月、シャラポワがかねてより交際していた超絶イケメンな実業家、アレクサンダー・ギルケスとの婚約を発表した。

アレクサンダー・ギルケスは、イギリス1の名門校「イートン校」出身で、ウィリアム王子の友人だ。ウィリアム王子とは、オンラインオークションハウス「Paddle 8」を共同設立するなどの親交があり、旦那は実業家として活動している。このオークションハウスでは、王女も働いていたこともあるなど、王族との交友関係はかなり深い。

さらに、ウィリアム王子だけでなくヘンリー王子とも友人であり、両方の王子の結婚式にも出席している。

 

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ちなみに、シャラポワの旦那アレクサンダーギルケスの身長は185cm。
それでもシャラポワの方が3cm高いのだから、衝撃的である。

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シャラポワの現在:子供

2022年7月1日、婚約者であるアレクサンダー・ギルケスとの間に、第一子となる子供セオドアくんを出産している。

 

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セオドアくんは、イギリスの名門イートン校に入学するんじゃないかと言われている。

シャラポワの父親がヤバすぎるデビュー前エピソード:父親の執念で、母親も危うく可哀相になる【貧困だった幼少期、デビュー前の話】

父親がヤバすぎるとは、誉め言葉だ。
父親のとびぬけたヤバさがあったから、シャラポワはテニス界のスーパースターになったことは有名な話だ。

○シャラポワが生まれる前
シャラポワがまだ母親のおなかの中にいる頃、両親はチェルノブイリ原発から130kmしか離れていない場所に住んでいた。
父親はシャラポワのこと気遣って、安定した職を捨てて、西シベリアのニャガンに移住、油田の現場で働きはじめる。しかし給料はわずか13万円だった。

○シャラポワの幼少期【テニスを始めたきっかけ】
シャラポワの実家は貧困にあえいでいて、幼稚園も行けなかったし、おもちゃも買えなかった。
そんなシャラポワがテニスを始めたのは、4歳の時の父親のジョークだった。父親の唯一の趣味だったのがテニスで、ジョークでシャラポワにラケットをプレゼントしたのだ。すると、幼少期のシャラポワは、今まで何も夢中になるものが無かった反動からか、テニスにのめり込んだ。気づけば、メトロノームのように永久に壁打ちをし続けることができたという

シャラポワの幼少期の画像がかわいい

○シャラポワの父親の執念がヤバすぎる①
シャラポワの父親の執念が最初に発揮されたのは、6歳のときだった。
シャラポワの才能に気づいた父親はより高度な指導を求めて、モスクワに向かったのだ。貧しい家だったので、飛行機代なんて出せるはずなかったが、ありえないほど体を酷使することで仕事を掛け持ちしてなんとか捻出した。会場には、ウィンブルドン歴代最多勝利のナブラチロワがいて、シャラポワに才能があること、ロシアの指導技術には限界があるからアメリカに行くべきことを助言をする。

○シャラポワの父親の執念がヤバすぎる②
当然、父親はシャラポワをアメリカに連れていくことを決意する。しかしいくつも難題があった。まずは資金だ。渡米費用、仕事を手に入れるまでの生活費諸々含めて、最低100万円は必要だった。父親は、すでに朝から晩まで休みなく働いていたが、それでも足りなかった。そこで、深夜にまで働いて、父親と母親の両親にまで頭を下げて借金してどうにかお金を用意した。このとき、母親は金銭的な問題で、ロシアに残ることになっている。6歳の頃の娘なんてめちゃくちゃ可愛いのに、離れ離れになるなんて可哀相である。しかし父親はシャラポワをアメリカに連れていくことを決意しているし、母親もまた教育熱心な女性だった。

○シャラポワの父親の執念がヤバすぎる③
アメリカに向かう準備を進めたら、全財産は700ドルしか残っていなかったものの、一応の資金は用意できた。しかしまだ問題はあった。父親はアメリカで働かないといけないし、長期間滞在できるのが前提で。ビザを取得しなければならなかった。

ところが大きすぎる問題として、当時のロシアの国情では、政府関係者以外でアメリカ行きのビザは取得できなかったのだ。一般市民で貧困にあえぐ父親にビザが承認されるとは到底思えない。

父親は、大使館で役人を説得する以外道はないと、心に決める。
何とか用意した身ぎれいなスーツを着て、役人を必死に説得した。「自分の娘は天才だ」「ナブラチロワも認めた」と。役人は黙って話を聞いていて、やがて口を開いた。「自分にも8歳になる娘がいるしテニスもやっている。その娘よりも上手いとどうしてわかるのか」役人の反応は芳しくなかった。それでも父親は、娘の才能のためにアメリカに渡って働かせてほしいと訴え続けた。その姿に心打たれたのか、同じ年ごろの娘を持つ役人として共感したのか、ついにビザを発行してもらう。父親の執念が無ければ、特例のビザ発行は無かったし、シャラポワもアメリカで指導を受けることができていない

シャラポワの幼少期とシャラポワの父親の画像

○シャラポワの父親の執念がヤバすぎる④
驚くべきことは、これほどの父親が努力で、まだシャラポワが一流のテニス指導を受ける入り口にすら立ててなかったことだ。
まずはお金だ。アメリカに渡るのに100万円、ではシャラポワがテニスを受けるために必要なお金は600万円だった。父親は英語のわからない土地で、このお金を稼がなければならなかった。朝昼晩と1日と休まずに寝る間も惜しんで働き続けた。すべてシャラポワのためにお金を使ったから、家賃すら払えず追い出されそうになったとか。

2つめに年齢だった。勧められたクラブ「ニック・ボロテリー・テニスアカデミー」は8歳からの年齢制限があり、シャラポワはまだ7歳だった。しかしシャラポワの才能を見たボロテリーが、特例で入学を認めてくれたという。

○シャラポワの父親の執念がついに実る
特例で入ったアカデミーでも、問題が起こった。シャラポワが年上のアカデミーの子たちを次々と打ち負かすので、それに嫉妬した親たちが悪い噂を立てはじめたのだ。ロシアから誘拐してきたんじゃないかと。最終的に、悪評が経つことを恐れたボロテリーはシャラポワを追い出すことになる。
しかしシャラポワが9歳の時、今度は逆にボロテリーが奨学金300万円つきで招待、さらに2年後の11歳、1億円のスポンサーがついた。父親の執念が実った瞬間である。

○シャラポワの母親が救われて良かった話でもある
この話は、シャラポワと父親をフォーカスして良く語られる。
しかしよくよく考えてみると、1番救われたのは母親かもしれない。母親はシャラポワが6歳以降、ほとんどの幼少期を一緒に過ごすことができなかった。なんなら、シャラポワの父親は一度、母親のことを手放しかけたこともあるらしい。