中山美穂の現在【今と昔かわいい2020】若い頃,デビュー当時,伝説,結婚した旦那,子供

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中山美穂の現在にいたる昔:CDずーっと、めっちゃ売れた

1985年6月に歌手デビューした中山美穂は、デビュー曲「C」で17万の売上を揚げた。

その後は、20万売れるようになって、いつまにか30万平均になって、40万を超えるようにもなって、1994年には「ただ泣きたくなるの」でミリオンを達成した

そして何より驚くべきは、売れ続けた期間だろう。

中山美穂は、1985年6月の歌手デビューから1996年2月までの34枚のシングルで、1度も10万を切ることがなかった。

CDの売上累計枚数は1100万枚を超えており、歌手として間違いなく成功しているとわかる。

中山美穂の現在にいたる昔:女優としても超豪運

女優として売れるのは、運が結構大事だ。

要するに、視聴率が取れる作品で主役になっちゃえば最高なわけだ。知名度が上がるのも重要だ。

中山美穂は、ドラマ「毎度おさわがせします」で、スーパー高視聴率で主演女優デビューをかざった。

中山美穂の豪運はこれだけに止まらない。映画デビューもすごかった。

中山美穂が、初めてヒロインとしてデビューしたのが「ビー・バップ・ハイスクール」だったのだ。

1985年に「毎度おさわがせします」で大ヒットして、1985年末に映画「ビー・バップ・ハイスクール」でヒロインをやるってのは、凄すぎる。

中山美穂の現在にいたる昔:女優として売れ続ける

最初にビヨーンと伸びたからといって、ずっと売れ続けるとは限らないが、中山美穂には当てはまらないだろう。

中山美穂は、毎年なにかしらの連続ドラマで主演女優を演じていた。

1987年「ママはアイドル」では、主役でヒロインを演じて、平均視聴率22.7%を達成した。

その後も、月9を中心に活躍を続け、中山美穂は、月9だけで主演7作品と女優最多の記録を持っている。もちろん最多は木村拓哉だ。

数字を何より重視するフジテレビにこれだけ呼ばれ続けているってのは、それだけ数字を持った女優だってことだ

中山美穂は、とんでもなく稼いでいただろう。

当時はバブル。

1989年頃から、立て続けに月9主役ラッシュが始まった中山美穂だし。

そもそもそれ以前からもいろんなテレビ局で主演ラッシュだったし。

若手ナンバーワンぐらいに稼いでいたのなら、月収5000万は達成していたかもしれないなー

女優
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