レベッカnokko(ノッコ)現在。今昔の画像,娘,結婚相手,旦那,離婚。現在の歌手としての活躍は?

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女性ボーカル、男性楽器隊を1番最初に日本で流行らせたのはレベッカだ。

レベッカnokko(ノッコ)がいなければ、女性ボーカルのロックバンドがでてくるのはもっと遅かっただろう。

バンドブームの先駆けとなったレベッカのnokkoは現在何をしているのか。結婚相手のこと、娘のこと、離婚のこと、今の活動のこと、レベッカnokkoの今を追いかけていく

そのまえに、レベッカnokkoの昔の懐かしい、経歴、伝説を軽く追いかけていく

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レベッカnokko(ノッコ)の現在にいたる昔【画像】伝説、歌フレンズ

○レベッカの伝説
第二次ロックバンドブームに火をつけたのは誰だと言われたら、レベッカとboowyだ。
そして日本人に、女性ボーカルを一般的なものだという意識を根付かせたのはレベッカである。

第一次ロックバンドブームの中心にいたサザンオールスターズでさえ、当時アルバムで100万枚行くことはなかったが、レベッカはミリオンを大きく超えて130万枚超えを達成した。その後のアルバムもすべて80万を超え続けて、当時の音楽業界全体がロックバンドに流れるほど、勢力図を一気に変えるにいたった

レベッカnokko

○レベッカとマドンナ
レベッカが流行った要因としては、nokkoの歌唱力は勿論だが、なにか1つ上げろと言われたら、シンディ・ローパーやマドンナら海外女性シンガーのスタイルを取り込んだことだ。

当時すでに世界的シンガーとなっていたマドンナなので、日本国内にも彼女のような存在を探していた音楽ファンも多かった。国民の多くが洋楽コンプレックス、洋楽への憧れを抱いていた。そしてそれを解消する役割を一身に担ったのが、レベッカである。

レベッカの最たる特徴をまとめると、「世界的女性シンガーマドンナらが引き起こした女性ボーカルの大ビッグウェーブを、日本でもっともうまく乗りこなしたグループ」といえる。

REBECCA 『フレンズ』(1985.12.25渋谷公会堂)

○レベッカnokko(ノッコ)の音楽性
レベッカnokkoは基本的に洋楽好きで、影響を受けている歌手は全員海外の女性だ。
ソウル系の黒人系女性ボーカル「スプリームズ」、ジャズ歌手の「ビリー・ホリデー」、ソウル歌手の「アレサ・フランクリン」など。

レベッカnokko(ノッコ)として歌っているときは、自分がロックをできているのか自信がないまま、すっごく売れて、その波に乗るままに歌っていたらしい。ちなみにnokko(ノッコ)の本名は山田信子。ノッコ呼びは中学生の頃からすでにノッコだったらしい。

○ノッコがレベッカに入った経緯が、完全に主人公
兄に誘われて、アマチュアミュージシャンの集まりに言って、なんとなくバンドに入ったノッコ。しかしなーなーでキーボードをやっていてクビに。

その後、アマチュアで金を出し合って開いたフリーコンサートにガールズバンドのボーカルとして出演した。ノッコが参加することを知った当時の仲間達は、「ふうんおまえも参加するんだ、頑張れよ」ぐらいに思っていた。特に、ロック業界では女性への偏見が強い時期でもある。みんな仲は良かったので蔑みはしないが、「大丈夫かな」とお兄ちゃんが妹を見守るような感覚だった。

そしてノッコが歌を披露する。そこでノッコの歌が、とんでもなくうまいことが判明する。

当時の埼玉のアマチュア音楽仲間のほとんどがつながっていたにもかかわらず、ノッコが歌をうまいことは誰も知らずに、全員が驚いたらしい。「おまえなんで言わねえんだよ」とノッコの兄は激しく責められ、兄は「ひひいーーん俺も知らなかったよー(※イメージです)」と応えた。そこで木暮がノッコに声をかけて、レベッカに入った。

レベッカの解散理由、「売れすぎたから」【nokko】

○レベッカ、会う時間すらなく、深夜の電話
「レベッカⅣ」のアルバムがミリオンセラーを達成してからというもの、レベッカは超多忙になった。売れるのは嬉しいことだが、問題も発生した。

作曲の時間がなくなったのだ。

歌詞はnokkoが、曲は土橋が全て考えていたレベッカなので、どんどん圧迫されて、休む時間も亡くなった。会う時間すらなかったので、深夜に土橋がnokkoに電話をして、メロディーを聴かせたことも。しかもこれは序の口で、nokkoの歌を電話越しに録音していたことすらあった。

○レベッカ、アーティストとして続けていくなら解散するしかない状況に
そんな背景にあったので、開いた時間にひねり出しまくって曲を作っていた土橋は、音楽の方向性が次第にわからなくなっていき、良いキーワードを手当たり次第メモしまくっていたnokkoも疲れがどんどん溜まって病んでいった。結果2人ともが「どこかで一区切りつけないとダメだ」と思ったらしい。

そして解散につながる

レベッカnokkoから「のっこ」名義のソロ活動【ノッコ】

○「のっこ」としても売れる
やはりレベッカとしての活躍は伝説的で、解散後にまったく売れなくなることも無く、ヒット歌手として活躍する。

「のっこ」の曲は、久光製薬、資生堂、カルピス、サンスター、日産ら、大手のCMソングとしても使われた。

NOKKO / Go Go Happy Day

ドラマも、NHK連続テレビ小説、時をかける少女など、NHK、フジテレビ、テレビ朝日、日本テレビ、テレビ東京と全国地上波のテレビドラマの主題歌や挿入歌として使われた。

そんなnokko(のっこ)も結婚する

レベッカnokko(のっこ)の結婚と離婚【木暮】

○nokko、木暮と結婚
元レベッカのメンバーで、シャケこと木暮と結婚。
二人は、レベッカデビュー前に「売れてやろう」と一緒に渡米するほど大きな信頼関係にあった関係で、1990年に結婚をする

レベッカノッコと木暮の結婚
(https://www.barks.jp/news/?id=1000116305)

○nokko、木暮と離婚
しかし1993年には離婚となる、
離婚の理由を報じているものはなく、予想ばかりであるが、nokkoは結婚後もソロ活動を緩めていることはなく順調そのものだったこともあり、音楽性の違いが生活の中にまで影響したのではないかという話である。

もうひとつは木暮は1989年からちょこちょこ渡米していたこともあり、nokkoとすれ違いの生活が増えていったのではないかという話だ。

そして2000年nokkoはソロ活動を休止して、2001年に再婚する

レベッカnokko、GOH HOTODAと再婚、子供【娘を出産】

○2001年、nokko、GOH HOTODAと再婚
GOH HOTODAは、ジャネット・ジャクソン、ホイットニー・ヒューストン、坂本龍一、宇多田ヒカルなどなど、超有名歌手の音楽を手がけている音楽プロデューサー。GOH HOTODAの作品は、累計で6000万枚の売上を誇っている。グラミー賞(世界の音楽界でもっとも権威ある賞。映画でいうアカデミー賞)も2回とっていたり、ハウスミュージックの基盤を作った人物でもある。

2001年のnokkoとは、10年来の付き合いだった。

○2006年、42歳のノッコ高齢出産
42歳のnokkoさんが、GOH HOTODAさんとの間に娘を出産する。40を超えた女性にとっては命の危険も伴う高齢出産だが、見事に成し遂げて、元気な娘さんを出産している。母は強し。ノッコの娘の画像はない。

○杉咲花は木暮さんの娘
ノッコの娘と誤解されがちな杉咲花。
実際はノッコの元旦那、木暮さんと二人目の奥さんとの間に生まれた娘さんである。

杉咲花が大人モードに変身したら?_Vogue Japan

レベッカnokko(ノッコ)の現在に続く【画像】

レベッカとしての復活やノッコの現在のソロ活動や画像らに

歌手
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Aの現在【今】