武田鉄矢の現在【今と昔】代表作ドラマ,結婚した嫁,子供,若い頃,デビュー当時

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日本を代表する名俳優の武田鉄矢。

武田鉄矢の現在だ。今何してるのか、現在の画像や、現在のドラマら、いろいろ見ていく。

その前に、武田鉄矢の昔、デビュー等やヒットの理由らを軽く振り返っていく。

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武田鉄矢の現在:元一発屋歌手グループ

武田鉄矢は、初めて芸能界にデビューしたのが、【海援隊】。

武田鉄矢の若い頃

フォークグループだ。

1972年の「母に捧げるバラード」で28万枚のヒットを出して、紅白歌合戦にも出演した

一発屋という言葉は乱暴でよろしくないのだが、当時の勢いは花火のようで、【海援隊】は一瞬で打ち上がって、そして消えた。

視聴率50%を超えるバケモノ番組に出たにもかかわらず、翌年の大晦日には、金を工面するために皿洗いにいくぐらいだったという。

武田鉄矢の現在にいたる昔:俳優としてブレイク

武田鉄矢が、俳優として最初に評価されたのが、1977年の【幸福の黄色いハンカチ】である。

当時の武田鉄矢の年齢は、28才。
冴えない青年役として、演技を高く評価された武田鉄矢は、【幸福の黄色いハンカチで】日本アカデミー最優秀助演男優賞を獲得する。

ここから一気に俳優として仕事が来るようになり、放送後には、TBSの連続ドラマ【せい子宙太郎-忍宿借夫婦港談-】では、メインキャストの三枚目を務める。

そして2年後の1979年、武田鉄矢の代表作、【金八先生】が始まる

武田鉄矢の現在にいたる昔:【3年B組金八先生】

本作品は、現在の評価は凄まじい。

「日本の学園ドラマで最も優れている作品」

「学園モノの金字塔」

「不朽の名作」

などなど。

1979年から2011年までの32年間、このシリーズで主役を演じ続けており、まちがいなく武田鉄矢の代表作である。

本作品の主題歌「贈る言葉」は、【海援隊】がつとめ、95万枚の売上を達成している。

武田鉄矢の売れる流れをまとめるとこうなる。

海援隊でデビューして、【母に捧げるバラード】でヒットする

が、その後は、ヒットを出せず、数年間くすぶる。

1977年、映画【幸福の黄色いハンカチ】に出演し、山田洋次監督にしごかれて、俳優として開花。

三枚目俳優として、順調にオファーが増えていく。

そして2年後、金八先生に主演大抜擢。

ちなみに、【3年B組金八先生】の主役は、最初岸田智史へのオファーがあった。しかしスケジュール的に無理だったので、武田鉄矢に話が回ってくる。

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