轟悠の退団後の現在がイケメン【画像:一生復帰しない?】結婚、旦那、子供

轟悠さんは、100年以上の歴史を持つ宝塚の中で、男役をもっとも極めた男役トップスターの元タカラジェンヌです。35年を超える芸歴を終えて宝塚を退団した現在何をしているのか、現在の画像らを見ていく

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轟悠はこんな宝塚女優:男役を極めたトップスターであり宝塚の男役の象徴【実力・評価】

轟悠さんと言ったら、宝塚時代に「男役の手本」「男役の美学を築きあげた」「完璧な男役」「男役の頂点」と、ありとあらゆる表現で称賛された元男役トップスターです。

(2020年頃の轟悠さん)

轟悠さんの宝塚時代の実力や評価、経歴らを簡単にまとめます。

  • 轟悠さんは、決してエリートではありませんでした。宝塚音楽学校に入学したときには、高すぎる合格倍率に自信を無くしていました。合格したかったものの、いざ試験を受けてみると落ちた確信があったらしく、合格発表の際に乗ったタクシーは「どうせ落ちてるしすぐ戻ってくるから」と待っていてもらっていたそうです。そして轟悠さんは合格、努力をしましたが入団時は12番。46人中なので上位ではありますが、やはり最初から期待を受けていたエリートではありません。
  • 轟悠さんが頭角を現したのは入団してから3年ほど経ってからでした。花組で男役として下積みをすると、1988年に注目を集め始めて、1989年には新人公演初主演に抜擢を受けます。その後も轟悠さんは高い評価を受け続けて、5回の新人公演主演を果たしています
  • 轟悠さんが、トップスターになったのは入団してから12年経ってからになります。その後は、5年間という長期間トップスターを努めました。
  • トップスターになった翌年には、当時90年近く歴史のあった宝塚において、史上初めて轟悠さんが1人芝居を上演したことで話題となりました。
  • さらに、轟悠さんは2002年に専科に異動となります。本来トップスターの方々が専科に異動することはありません。専科に異動したら、トップスターのような配役をもらえないのが当たり前で、スターたちは有終の美を飾りたいと願います。しかし轟悠さんは実に20年振りにトップスターから専科に異動となりました。
  • 轟悠さんが専科に異動した理由は、宝塚側からもっと長く宝塚を支えてほしいと要請があったからではないかと言われています。実際、専科に異動した翌年には、劇団理事に就任を果たします。
  • 理事になってからも、専科配属のタカラジェンヌとして多くの大役を果たしました。通常は、元トップスターであったとしても専科移動後に任せられる役のグレードは下がるものです。しかし轟悠さんだけは特別で、やはりつねに大役を果たし続けました。
  • 轟悠さんは男役として最前線で活躍を続けて、何百何千人の後輩たちに「男役の手本」を示し続けました。その技術は芸術の域にまで達していると言われており、退団したときには入団37年目、他のトップスターたちが長くて18年程度で退団していくことを考えると、とんでもない芸歴と言えるでしょう。長年磨かれた技術はもはや誰も追いつけないものとなっていたのかもしれません。

轟悠の実家が大金持ち過ぎる【人吉新聞】

轟悠さんのご実家は、熊本県人吉市にあります。

その実家がかなり有名で、人吉新聞創業者一族なんだそうです。人吉新聞は、昭和33年に創刊された新聞であり、いまだに続いている地元の大手新聞です。

代表の名前が「石蔵」であり、轟悠さんの本名も「石蔵」なのでそうなのではないかと噂が経ったのが最初です。しかし現在では、新聞に「代表である石蔵尚之の妹さんである轟悠さんは宝塚で」とはっきり言っているほか、人吉新聞自体が頻繁に轟悠さんのニュースを取り上げていることもあり、公然の事実となっているようです

轟悠の退団後の現在:徹底すぎる引退後

轟悠さんは2021年に退団しました。

退団会見では、「引退後に、舞台で女優として活躍することは一切考えていない」「今後も、舞台を立つときは男役だと決めている」「退団後の女優活動は、一切浮かんでいない」とコメントしています。

その言葉通り轟悠さんは退団すると、表舞台から一切姿を消しています。SNSすらやっていないので、どこで何をしているのか一切わからない状態です。

決定的だったのが、2023年10月の「雪組100周年記念ショー」。ただのアニバーサリーではなく、100年に1回の特大エモーショナルな記念日であり、歴代の雪組トップスターやトップ娘たちが大勢参加することが決まっています。轟悠さんは5年間も雪組トップスターに就任していました。参加する理由は十分にあります。ファンの間でも、さすがにこれを機会に顔を出してくれるんじゃないかと期待の声が上がっていました。

そしてメンバーが発表され、人気のスターたちのほとんどが参加されていましたが轟悠さんの名前は有りません。しかしファンは諦めず、当日にサプライズ登場するのではないかという願う声もありましたが、やはり轟悠さんは参加されませんでした。

今では、轟悠さんは「今後一生表舞台に立たない決意をしたのではないか」とも言われるようになっています。
退団会見で「今後も舞台に立つときは男役だけ」とおっしゃられたことからもわかる通り、轟悠さんは美学を持っており、それを貫き通すだけの信念を持っています。

轟悠さんの芸歴は37年間、そのすべてが宝塚での活動です。そのため、有終の美を飾った轟悠さんは、立つ鳥跡を濁さないように、今後そのほかのありとあらゆる表舞台で活動する気はもうないのかもしれません。

 

宝塚
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