wink歌手メンバーの現在【相田翔子,鈴木早智子かわいい画像】復活,病気,子供ら

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歌手

アイドル歌手のwink、顔面偏差値の高すぎるメンバーの相田翔子と鈴木早智子。

winkメンバー鈴木と相田翔子の現在だ。今何してるのか?復活はないのか?結婚や子供、病気の話なども見ていく。

その前に、winkの懐かしい昔を振り返っていく。

Winkの現在にいたる懐かしい昔

○ミスコンのグランプリ美少女の鈴木と相田翔子
ワニブックス社主催のミスコンで、7代グランプリと9代グランプリに選ばれた二人が、アイドル歌手になった。しかしながら、当のミスコンは、2ヶ月に1回行われるミスコンであることや、他のミスグランプリで売れていった人もいなかった。つまるところ、「Wink」はそれほど期待されたアイドルグループではなかった。まさかデビュー2年目で、もう紅白に出演するとは、誰も予想していなかっただろう。

Sugar Baby Love(M.V.) / Wink

○3曲目のドラマタイアップで超絶ヒットするWink
デビュー曲は、洋楽カバーで「Sugar Baby Love」、6万枚の売上。おっと期待したのもつかの間、2枚目のアマリリスは1.5万枚と、winkはすでに絶望だった。

テコ入れの3曲目、ドラマ「追いかけたいの!」タイアップで、ついに爆発する。いきなりの63万枚と、事務所の期待を大きく裏切ったのだ。しかも爆発だけではない。主題歌を歌っている二人が、すっごい美少女なので、winkメンバーの二人、鈴木早智子と相田翔子のファンが一気に増えた。動画のMVを見るとやはりかわいい。

愛が止まらない ~Turn It Into Love~(M.V.) / Wink

○最も売れたアイドルデュオのWink
「愛が止まらない」以降、Winkはシングルを出せば、40万、50万のヒットを連発した。1988年11月から1992年7月までの間、シングルを13曲出して、410万枚を売り上げた。アイドルデュオとして、曲がこれほど売れたのは2000年より前にいない。

淋しい熱帯魚(M.V.) / Wink

(57万枚を売り上げた淋しい熱帯魚。)

○その後、右肩下がりWink
1992年ごろからは、鈴木早智子と相田翔子は、ソロ活動も増え始めていた。それと呼応するように、シングルの売上はどんどん落ちていき、1995年のシングル売上はわずか6000枚。Winkは解散となる。

○事務所「Winkが売れている間に出しまくれ!!」
しかし、Winkが爆発的な人気を誇っていたのは間違いなく、Winkが活動した8年間で発表した曲は180曲。Winkにとにかく歌わせまくって、荒稼ぎしていたのがよく分かる。それほど人気であった。

wink鈴木早智子の現在にいたる懐かしい昔【メンバー】昔の画像

○夢叶えたWink鈴木早智子
小学2年生のころから歌手に憧れを持っていて、高校進学してすぐに歌手を目指すために休学するなど積極的に活動していた。歌手デビュー1年目で、いきなりトップアイドル歌手になった鈴木早智子。「わたしアイドルになりたーい」を理想的に叶えた数少ない女性といえるだろう。

鈴木早智子の若い頃の画像

○病弱アイドル鈴木早智子【病気】
鈴木早智子は言う。「デビューしてから、ほんとに体が弱くなって・・・」
ストレス生急性胃腸炎で倒れたり、急性肝炎にかかったり、腹痛でダウンしたり、咽頭炎で生放送を欠場したり、腎結石で血尿もでた。
鈴木早智子にとって、楽に仕事ができるようになったのは、ヒット曲が減ってきてからだったそうな。病気はほぼすべて精神的脆さからきたもので、売れていることにプレッシャーを感じていたらしい。鈴木早智子は、「本当にごめんね」と置き手紙をのこして、失踪したこともある。ジャスティン・ビーバーみたいなもんだな。

○リアリティ番組【ASAYAN】に出演する鈴木早智子
「ASAYAN」企画「再起に賭ける芸能人オーディション」に出演した鈴木早智子。
番組内容は、、「小室哲哉プロデュース権」を巡って、女性たちがレッスンに励み、共同生活をする。
鈴木早智子は、番組内で、共同生活嫌がったり、レッスンを途中放棄するなど、場を乱す役割を担った。レッスン後半にはCDリリースの話が他に来たという理由で、一時帰国して新曲を披露することもあった。
結果、「性格が悪い女だ」と世間に思われて、芸能活動が一気に縮小していくにいたった

鈴木早智子の昔の画像

○すべて台本、ガチンコファイトクラブみたいなやつ
そしてこれらは、真面目な鈴木早智子が、台本に従って演じたもので、編集により、ダイレクトに悪役が強調されるようにされていた。これが鈴木早智子のより知らないところで、未承認で行われているところが、メシマズである。

wink相田翔子の現在いたる懐かしい昔【メンバー】昔の画像

○プロレスラーになりたかった相田翔子
歌手になりたかった鈴木早智子に対して、相田翔子が憧れていたのは、クラッシュギャルズ、プロレス団体だった。
プロレスラーになるためにトレーニングをつみ、なんどもオーディションに応募して、不合格を連発して断念した。

相田翔子の若い頃の画像

○笑わない系アイドル相田翔子
「おら、笑え、笑えよ、おら、笑えよ!」と再万ぐらい怒られていた相田翔子。デビュー7ヶ月目に、突然人気になって混乱して、緊張しすぎて笑うことができなかった。結果、それが話題になって、オルゴール人形系不思議キャラクターwinkとして名を馳せていく。

相田翔子の昔の画像

○人気アイドル芸能人、相田翔子
相田翔子は、昔のアイドルの中で、もっとも息長く活躍し続けている女性の1人だ。その活躍は一度も途絶えることがなく、Wink解散後も、ウルルン滞在記の司会となったり、笑っていいとも、メレンゲの気持ちなどなど長寿人気バラエティらに出演し続けた。相田翔子のアイドル時代を知らない人でも、相田翔子のことは知っている。

Wink相田翔子と鈴木早智子の不仲【解散理由】

○Wink解散理由はメンバーの不仲?
Winkが解散した時(正しくは活動停止)、解散理由についていろいろ噂が流れた。最も大きいものの中で不穏なものが、不仲説だ。Wink解散後、鈴木早智子の「悪役編集」が流れたことも、それを助長している。しかしそれは全くの嘘だ。

○Wink相田翔子と鈴木早智子は仲がいい
Winkは8年も続いたアイドルデュオなので、その間、二人が仲が悪かったことはなく、解散後も特に隠さず会うこともあった。この当たりが報道されないのは、マスコミとしてもつまらないからだろう。現在もWinkの二人は、電話をしたり、結婚式に招待したりと、交流を持っている。

○Wink解散理由の真相は、単純に売れなくなったから
Wink解散の理由でもっとも納得できるのは、歌手活動を続ける意味が事務所的になくなったからだ。
そもそもアイドルデュオは、売れて1年、もって3年が普通だ。デビューから5年経って発表したシングルが34万枚(「いつまでも好きでいたくて」)、話題にならないものでも7万~9万枚の売上だ。「Wink」の人気が異常だったのだ。

このことからも分かる通り、Winkが続いていたのは、売れていたからだ。じゃあ当然活動停止となるのは、売れなくなったからだ。

Winkの現在につづく【年齢や結婚、活躍】鈴木早智子と相田翔子

Wink鈴木早智子の年齢は、50歳

Wink相田翔子の年齢は、49歳

二人共年取ったな・・・

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Aの現在【今】