いつもここからは昔、普通の芸人とは違う芸歴を持っている
いつもここからのネタ「悲しいときー」「かわいいね」は、現在見ても面白い。
いつもここからは、20年以上続くレギュラー番組を持っている。
芸人いつもここからの芸歴が異色すぎるから、テンポよく見ていく【いつここ】
〇いつもここから学歴
山田一成:1972年1月31日生まれ、52歳
芸人いつもここからは、ネタの風味から若いイメージがあるが、すでに50を超えている。高校は東京都立松ケ谷高等学校(偏差値51)、国士館大学政経学部Ⅱ部(偏差値51)
菊地秀則:1976年5月5日生まれ、48歳
盛岡中央高等学校(偏差値60)、日本大学法学部卒業(55)
いつもここからは1996年から活動しており、同期には品川庄司がいる。
〇いつもここから、賞レース皆無
芸人はまず売れるために、全員がM-1やTHE MANZAIらの賞レースでの優勝を目指す。いつもここからは、M-1やTHE MANZAIで一切受賞していない。実力が劣っていたからではなく、なんと一度も出ていなかったからだ。
〇いつもここから、番組でスターに
いつもここからは、「悲しいときー」「ツッコミ暴走族」ら、漫才でないスタイルだったのでM-1向けではなかった。逆に言えば、他の芸人とは違う大きな差別化できていた。
独特なネタと実力を持っていたことで、「お笑い向上委員会」「爆笑オンエアバトル」など、当時のネタ番組からは引っ張りだこ、しかもコンスタントに結果を残し続けていく。テレビ業界からおぼえめでたくなったころ、ついに「エンタの神様」が始まる。お笑いネタブームを作り出した神番組であり、いつもここからはココでスター芸人の1組となった。
ネタブームの最初期を牽引した経歴から、「いつもここからはネタブームの先駆け的な存在」と言われている。
〇いつもここから、出世欲がなさすぎる
いつもここからは、「自分たちは出世欲がない」と語っている。
たとえば、いつもここからは24時間テレビのチャリティーマラソンのオファーをもらったことがある。ギャラは数百万円という金額だった。しかし彼らは断っている。
「それで世界を救えると思わなかったし、救おうとも思っていない」
いつもここからは、積極的に売れようとしていなかった。
〇いつもここから「そもそも流行った覚えがない」
いつもここからは、現在までの自分たちの経歴について、「ブレイクは難解化したけど、大ブレイクだった覚えがない」「かなしいときーとかのネタで3回ぐらい売れたと思うけど、浮き沈みが激しいしもう慣れた」と語っている。
たしかに、いつもここからのブレイクしたときの仕事を見てみると、NHKピタゴラスイッチのレギュラーになってアルゴリズム体操を生み出したり、毎日新聞朝日新聞ヤングマガジンギターマガジンなど、いろんな雑誌で連載を持っていたりした。普通の芸人とは違うものだったので、周りの芸人を見てるとブレイクした気分になっていなかった。
いつもここからネタ:「悲しいときー」「かわいいね」が現在見ても面白い
〇いつもここからネタ:かなしいときー
ありていに言えば、あるあるネタだ。
番組用に依頼されて作って来たのに、ハイクオリティな水準を担保できているのが、ネタブームを生き残ってきた実力の表れである。
当時は、芸人のふかわりょうも「あるあるネタ」をやっており、いつもここからのネタを見て、自身を喪失したことを話している。
芸人いつもここからは消えた?現在の「いつここ」
〇いつもここから、驚異の20年越え
いつもここからは、2002年からNHKピタゴラスイッチのレギュラーになった。衝撃的なことに、現在でもレギュラー出演は続いている。週6、1日10分の番組で、もちろんアルゴリズム体操が今でも放送に使われている。