中森明菜の現在【今と昔かわいい画像】ディナーショー,伝説,松田聖子どっちが凄い,結婚,子供,CD売上,年収,印税,デビュー当時

1980年代の伝説的アイドル歌手、松田聖子と双璧をなした中森明菜。

中森明菜の現在だ。今何してるのか。ディナーショーらの話もしていく。

その前に、中森明菜の伝説的な昔を軽く振り返っていく。

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中森明菜、現在にいたるデビュー前とデビュー当時【伝説的きっかけ】

○中森明菜のデビュー前
中森明菜のデビュー前は、挫折が2回ある。
歌手に憧れていた中森明菜は、3度「スター誕生(オーディション番組)」に応募している。1度目は不合格、2度目も不合格。
しかし、中森明菜の伝説的なのは、不合格になった1度目も2度目も、1万人近い応募者からたった10人の本戦出場に選ばれているのが中森明菜の凄いところ。事務所のコネがあったとかでなく一般はがきを出してこれなのだから、凄い。挫折の位置が高いなー。

○中森明菜のデビューきっかけで、伝説を
3度目も当然のように、本戦出場する中森明菜は、伝説を残す。
オーディション1位どころか、番組史上最高得点となる392点を獲得して合格したのだ。そして11社からスカウトが来て、アイドル歌手、中森明菜が誕生する(中森明菜の本名は、芸名と同じだ。)

中森明菜の可愛い画像

○中森明菜、デビュー当時から半年で松田聖子に並ぶ
中森明菜がデビューした1982年5月と言ったら、山口百恵と入れ替わるように1980年から、松田聖子がアイドル歌手の神となっていて、1981年末から『聖子ちゃんカットが爆発的に流行り、アイドル業界は、松田聖子が支配していた。
そんな修羅の業界に入った中森明菜は、デビューから半年でシングル「セカンド・ラブ」で76万枚を達成、続くシングル「1/2の神話」も57万枚、デビュー5ヶ月後のアルバム「バリエーション」は74万枚を達成している。この後も中森明菜は50万枚超えのシングルやアルバムを出しまくることになる。

中森明菜の売上の凄さが分かる数字として、1982年に松田聖子が出したシングル4曲で、1番売れたのは「渚のバルコニー」51万枚。アイドル歌手として3番手となる小泉今日子や河合奈保子になると、20万枚から30万枚と急に下がるのだ。

中森明菜の現在にいたる伝説【全盛期の凄さ】松田聖子とどっちが凄い?【CD売上】

○中森明菜、1980年代アイドル歌手1位の売上平均
1980年代の歌手でCD売上(シングル・アルバム累計)が1番多いのは、松田聖子の3000万枚(全体15位)だ。中森明菜は2600万枚程度(全体19位)である。しかし、CD売上平均だと松田聖子は23万、中森明菜は27万と、実は中森明菜の方が単体で見ると売れている。

○中森明菜は、1980年代人気アイドル不動の1位
2017年には、2500人以上を対象にした1980年代のアイドル人気ランキングが実施された時には、中森明菜が30%の得票率で圧倒的1位。2位が小泉今日子25%、3位が松田聖子18%である。
この通り、中森明菜は、1980年代のアイドル人気ランキングでは、不動の地位を築いている。
当時のアイドル歌手のトップは誰だと言われたら、松田聖子と中森明菜でわかれるだろう。しかしトップアイドルは誰だったと言われたら、間違いなく中森明菜だと言える。

中森明菜の1番人気の曲は「DESIRE情熱』である

 

中森明菜の現在に続く当時の年収、印税

○中森明菜、バブルで1番成功したアイドル
中森明菜は、歴史上の全アイドルの中で1番年収が高かったアイドルの1人なのではないかいう説もある。
理由は簡単、1980年代後半から1991年までのバブルで、男女含めたアイドルの中で、1番売れていたのが中森明菜だからだ。
中森明菜がどれぐらい稼いだかを他の数字の参考にしながら見ていく。

中森明菜の若い頃かわいい画像

○中森明菜、年収10億? 印税で当時数十億は稼いだか
たとえば、1980年代前半のトップアイドルだった田原俊彦は、最高年収2億円だったと語っている。その田原俊彦よりも、10万20万ぐらい1枚あたりのCD売上が多く、田原俊彦の倍の累計売上(田原俊彦は1291枚、中森明菜は2600万枚)を誇る中森明菜の年収は想像を絶する。最低でも年収4億、しかも中森明菜の方がバブル真っ盛りなのでさらに倍という可能性もあるだろう。参考になる他の数字には、1989年頃からの人気バラエティ「邦ちゃんのやまだかつてないテレビ」ら冠番組を持っていた山田邦子は、「バブル当時月収1億だったときもある」と語っているので、年収10億はあったかもしれないなー。

中森明菜の現在の年齢は、59歳である

中森明菜の伝説【他一覧】

  • 初連続ドラマで初主演の「素顔のままで」は、平均視聴率26%、最高視聴率32%を達成
  • オリコンのCDチャート第1回1位は中森明菜
  • 年間トップ10最多はソロ歌手では中森明菜が1位で13作品(AKB48は39作品)
  • 1980年代シングル総売上932万枚、年間50位ランクイン回数22曲で、どちらも当時女性アイドル最多
  • ザ・ベストテン1位獲得曲数18曲で、圧倒的1位
  • 1年間以上休止しても、復帰語枚目のアルバムで30万枚売上達成。シングル「Dear Friend」で52万枚達成
  • 中森明菜の最高売上は、シングルで「セカンド・ラブ」76万枚、アルバムで「BESTⅡ」80万枚。にもかかわらず、累計2600万枚売れているのだから、いかに歌手として評価されて、以下にコンスタントに売れ続けていたかがうかがえる

そして、中森明菜の伝説的な凄さは、現在もなお続いている。
有名なのは、中森明菜のディナーショーだ。
ディナーショーがどうなっているか、中森明菜ディナーショーの今後の開催について、中森明菜の現在がどうなっているのかも見ていこうと思う。

中森明菜の現在

○中森明菜の現在の活躍
中森明菜の歌手としての活動は、2016年の「7都市10公演」のディーナーショー、2017年11月のアルバム「明菜」の発売、そして2017年の「全国14都市18会場」のディナーショー以降の活動は一切していないようだ。中森明菜を知っている人曰く、日本と海外を行き来してスローライフな生活を送っているようではある。そりゃ数十億稼げば当然か。ちなみ2014年の中森明菜のベストアルバムは25万枚売れて7000万円の印税が入っているらしい

中森明菜のディナーショー写真
(http://www.zakzak.co.jp/entertainment/ent-news/news/20161214/enn1612140830002-n1.htm)

○中森明菜のディナーショーがえげつない
2016年と2017年に中森明菜のディナーショーは、どのぐらいの人気だったのか調べてみた。
すると、1時間ライブでチケット価格最低4万円だったにもかかわらず、2016年は全公演数分で即完売、2017年は全公演20分程度で完売と、とんでもない人気だったようだ。
2017年のディナーショーの場所が増えて、公演数が増えたのは、需要が多すぎたことを考えてだろう。両公演で2億円の利益を出しているというのだから、中森明菜はやはり伝説的だ。

ツイッターではこういうアンケートも行われている。ディナーショーの今後の開催は正直怪しいきがする。

○中森明菜の現在の印税や年収
ベストアルバムが25万枚売れて7000万円はもちろんのこと、2018年のカラオケ歌手ランキングは73位。1980年代の伝説的な歌の女王は、今なお年収が1億円以上あると言われている。
金の話ばかりになるが、やはり資本主義の社会なので、金を見るのがその人の凄さが1番分かるし、今なお続く人気も再確認できる

○中森明菜、メディア出演意欲について
2017年末のディナーショーでは、メディア出演について、語ったらしい。
「昔からのイメージ(ドタキャンとかワガママとか)があるでしょ?」
「ドタキャンされたら溜まったものじゃないということなのか、依頼が来ない」
「私は行く気満々なんだけど」
中森明菜なんて、日本の歴史上でも伝説的なアイドルだし、今なお続く人気にかなり需要があると思うんだけどね。なんか複雑な事情でもあるのだろうか。そのうちテレビ出演する姿が見たいなー

おわり

アイドル
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